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神立の夜に

ベランダから降りしきる雨を見ながら、私は数日前に見た花火を思い出していた。

真夏の風物詩打ち上げ花火は、お盆の時期の供養や、空へ帰れるように音で合図をしている為と言われている。

特別席で見た花火は、とても大きく美しかった。そして、儚かった。

あの花火が舞い落ちたところに、母は私を見つけて帰ってきてくれただろうか。

また帰るための道標は立てて来れたのだろうか。

毎朝毎晩、手を合わせる先には母がいる。

時々は話しかけてみたりもする。
「お母さんよりも、すっかり歳上になっちゃったよ。そりゃそうよね。」

若くして旅立った母。
あの時ほど自分の人生を悲観したことはなかった。

長い月日が経っても恋しく、想いは色褪せることない。常に感謝と共に私の心の中にある。

ただ私の中から絶望感は年々薄れていった。

生きてさえいれば、何かしら前を向くきっかけがあるものだ。

曲がりなりにも二十四年間生きて来れた。

その中でも一番大きなきっかけは、母になれた事。

この子の成長をしばらくは見ていたい。元気でいたい。長生きしたい。

きっと私の母もそんな気持ちでいたに違いない。

亡くなってしまってからは、母の気持ちなんて聞けないが、大切に育ててもらった事は確かだ。

私は愛されていた。

そう考えると、熱いものが込み上げてきた。
目頭を抑えて我慢をしてみるが、降り止まない雨が私を煽る。

神立。今日の夜にふさわしい。
明日は八月十六日、送り盆。

お供えしたドライフルーツを一緒に食べて、母を送り出そう。

来年も花火が舞い落ちるところで会いましょう。お母さん。






作・
皐映月 紅歌
(さえつき あか)